啄木講座

啄木講座

平成29年度 第2回「もっと知ろう人間啄木」(平成29年6月12日)
| 2017/06/28 | 啄木講座
講座内容
1.釧路からの脱出とその主因とは。
 ★明治41年4月5日午前7時30分、貨客船「酒田川丸」で釧路を去る。
 ☆3月28日「『ビョウキナヲセヌカへ、シライシ』。歩する事三歩、自分の心は
  決した。啄木釧路を去るべし、正に去るべし。日景君も度量の狭い、哀れな
  男だ。実にツマラヌ。電報を見て、急に頭がスッキリした。」
 ☆4月1日「此の日、早朝の一番汽車で、北東(新報)の小泉奇峯君が、誰にも
  知らせず帰京の途についた。送ったのは横山ばかり。人知れず小泉君が去った
  という事は、異様の衝撃を自分の胸に与えた。
 ☆4月2日「安田扱いの酒田川丸本日午後六時出帆-函館・新潟行-とある。
  自分は直ぐ決心した。❝函館へ行こう❞」
 ☆4月3日「十時に波止場へ行く。遠藤君に逢った。波が高い。」
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平成29年度 第1回「もっと知ろう人間啄木」(平成29年4月10日)
| 2017/04/22 | 啄木講座
講座内容
1.近江ジンさんの親族から託された資料
 ★小さな段ボール箱の中には近江ジン(小奴)さんが大切に保存されて
  おられた啄木に関する資料がぎっしり詰まっていた。
 ☆中でも一番貴重な資料は、金田一京助氏が小奴さん宛に贈られた
  色紙帳です。
  釧路を訪問した際に詠まれた短歌12首を金田一氏が自ら書いております。
  数年前、港文館を訪問された孫の金田一秀穂さんもこの色紙帳を
  見ております。
 ◆これらの資料は近く釧路市に寄贈いたします。その後は平成30年6月
  (予定)に開館する「釧路文学館」に展示されます。
 ◎近江ジンは明治23年10月15日函館区で生まれる。
  昭和40年2月17日朝、多磨町の「桜ヶ岡病院」で亡くなる。行年76歳。
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第6回「もっと知ろう人間啄木」(平成29年2月13日)
| 2017/04/22 | 啄木講座
講座内容
1.釧路新聞社と記者・石川啄木の事など
 (A)社屋の歴史について
 (B)新社屋落成祝賀会で活躍した石川記者
 (C)社屋の地下にあった書庫の存在について
2.平成30年1月21日(日)は啄木来釧110周年記念日
 ※平成20年1月21日の来仙100周年記念日の時は「啄木展」を開催する
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第5回「もっと知ろう人間啄木」(平成28年12月12日)
| 2017/02/10 | 啄木講座
講座内容
1.私が尊敬し交流している啄木研究者たち。
2.ドナルド・キーン著「石川啄木」の評価
  数年前、日本人になり石川啄木研究を更に深めた。キーン氏日記文学
  研究者で「啄木の最高傑作は日記だ」と言う。氏の研究は古典から
  現代文学まで幅広く研究している。しかし、今回執筆した『石川啄木』
  については国際啄木学会でもその評価が大きく分かれている。
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第4回 「もっと知ろう人間啄木」(平成28年10月10日)
| 2016/11/15 | 啄木講座
講座内容
1.釧路時代の啄木は初めて行ったこと。
 (1)初めての演説。 明治41年1月26日
 (2)生涯で初めて時計を持つ。 明治41年1月26日~銀側時計(懐中)
 (3)啄木人生の中で一番長い手紙を書いた。 明治41年2月8日~宮崎郁雨宛
 (4)芝居の出演。 明治41年2月16日~釧路座
 (5)高級料亭へ初めて行く。 明治41年1月24日~喜望楼
 (6)「米町遊郭」へ行ったと思われる。残念ながら、「啄木日記」に記載なし
2.啄木短歌のやさしい解説
 (A)高きより飛びおりるごとき心もて この一生を終るすべなきか
 (B)引越しの朝の足もとに落ちてゐぬ、女の写真!忘れゐし写真!
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